武将みたい

別に他人に見せる物でもないが、見せない物でもない。
親父がよくお袋のこの日記を持っていたなとそれは感心する。
昔から小中高と通じて、曰く〝お坊さんみたい〟〝武将みたい〟〝変!〟〝読めない〟などと散々な名前だか武将じゃなくて、親父が不精をしてこの名前になった。
先般の祖父が「宗明」で親父が「健三」。
何も考えていないと言う命名法だな。
(沖縄の本家では代々、宗の字を長男につけているらしいが、そんなことは知らないし会ったこともないので判然としない)

2回目の結婚の時は小生もそれに習って、小生の1字とカミサンの1字を使ったりした。
上の娘は「宗」ではどうにもならないのでお袋の「千代」を拝借したが。
で、チョッとだけ気になって42年の頁を見た。
弟が42年の1月に産まれているのだ。
笑えるのは頁の左上に「42年」とあるだけで弟が産まれたことも名前のことも書いていない。
その後、この日記は書かれていないのだ。

お袋のほうが「不精」ではなく、「武将」な感じさえした。